ここは里山ウォーキングを楽しむクラブです。毎月2回のペースで、オアシス・里山・低山など、バラエティーに富みめったに行くことのできないハイキングが計画され、季節に触れながら、体力に合わせてハイキングが楽しめます。ウォーキングは足腰を鍛え、心身の健康維持に大事なことは分かっていても、なかなか続けられないものです。里山ウォーキングで楽しみながら歩く習慣が身につき、仲間との交流を深めることができます。

ニュース

➢ 7月10日(土) 「里山ウォーキング講習」があります。クラブの決まり等の、内容もあります

➢ 中村屋での交流会、宇津野さん早乙女さんお世話様でした。参加者少なかったですが楽しいひと時でした。

 

浅間嶺

日時:   202165日(土)

報告者:  堀 嘉余子

参加者:  玉村・中島・大橋・早乙女・宇津野・安田・坂元

      海妻・中塚・井口・小林・橋本・西・堀   14

行程:   武蔵五日市駅=人里~人里峠~浅間嶺~浅間尾根休憩所~

      浅間嶺展望台~時坂峠~払沢の滝バス停

内容

五日市駅からバスで40分山奥に入って行く。人里バス停でコース案内と

ストレッチを済ませ、本日一番の急登に取り付く。舗装された坂を登って行くと

民家が有り、その脇から山道に入る。人里峠までは登りが続く。

浅間嶺の頂上は木々も生い茂り、木札が有るだけである。ベンチの沢山ある広々とした

林道に出て時坂峠の道に入る。林道から右側に山道に入る標識を見過ごし戻ることに

なる。下って行くと林道を2回横切り払沢の駐車場にでる。

今回はバスを1台逃がすと1時間待つことになるので、滝見物は残念だがあきらめた。

 

  サブリーダー、カメラマンなどご協力ありがとうございました。    

 


     美味しい豆腐、豆腐ドーナツは売り切れ


扇山・犬目丸報告(低山)

報告者 井本直恵

l  テーマ  桃太郎の家来 キジと犬をゲット

l  集合   2021515日(土) 午前8:45 JR中央線鳥沢駅前バス停集合

l  参加者  リーダー井本、安田、小林、西、小倉、玉村、早乙女、橋本、坂元、井口、宮島 11

l  行程   鳥沢駅前900=ハイキングバス=梨の木平登山口9:35→扇山山頂1110

     →犬目丸1200=昼食40分=下山口1410→鳥沢駅1525解散  

l  内容   

     緊急事態宣言の真っ只中、桃太郎のキーワード「きび団子」に集まった11名はJR鳥沢駅から扇山1138m経由で犬目丸877mを目指して歩く。天気は曇り、週明けには梅雨に入りそうな空模様で、富嶽36景といえども富士の山容はまったく見えなかった。それでも犬目丸の頂では、雰囲気や眺望の良さに感激しましたと言ってくれる参加者がいたことに安堵する。ソーシャルディスタンスを守りランチを楽しむ。食べている間、誰もが無言で自分の時間を楽しんでいる様子から、日頃コロナ禍で窮屈な思いをしている一時の清涼剤になっているのだろうと想像する。

我々グループだけの貸切りになった犬目丸の頂からは、富士は見えずとも次に目指す鬼ヶ島の九鬼山が見えている。食後は玉村さんによる地図読みミニ講習で、道志の御正体山や丹沢山地の山々を山座同定して眺望を印象付ける。

 

下山口から駅までの長い舗装路も全員無事に歩き終え、鳥沢駅15:36発の快速電車に乗って家路についた。







投稿欄

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投稿 四国一周漫遊記(2)

四国一周漫遊記 ㈡
2018年12月25日
玉村和己
前回は、しまなみ海道サイクリングまでを書いたので、今回は今治に戻った後の続きを書く。
9日目は、今治湯ノ浦温泉に寄り、一泊。
10日目は、住友財閥の元となった別子銅山が新居浜にあったので、どのようにして財閥にまでなったのか興味があり、立ち寄ってみた。
 別子銅山は元禄3年(1690年)に発見され、282年間にわたり約70万トンの銅を産出し、日本の近代化と住友財閥の元となったとのこと。採鉱は当初、別子山村の険しい山中に有り、その入り口は今でも同じ所に有るそうだが、海抜1000m以上の所にあり、簡単には行けないとのことで、残念ながらそこまでは行かなかった。採掘の模様は記念館でしか見ていないが、最深部は海抜マイナス1000mにも及び、いかに大変な事業だったということがよく分かる。明治になってからは、鉱毒事件が何回かあり、現代とは違うが、社会問題もあったようだ。
 香南楽湯という温泉付きの道の駅にて、この日から2泊した。
11日目は、公渕森林公園から双子山および嶽山に登る。この一帯は讃岐盆地で、小さな沼が無数にあり、ところどころにぽつんぽつんと岩山が飛び出している面白い地形だ。この岩山は、そもそも石灰岩でできているのだが、その昔、海のサンゴ礁がプレートに押されてここまでやってきた後、一度は緑の山になったのが侵食により岩山が残ったと思われる。またこの辺の探索に来たいと讃岐うどんをすすりながら思った。



投稿 四国一周漫遊記(1)